【ふじみ野】あれから14年

今日は3月11日

 

 

日本に住んでいる方の多くの人が忘れられない日

 

 

もう震災から14年が経ち、

 

 

今では歴史の教科書にも当たり前のように載っていますが、

 

 

今の中学生のほとんどの子は震災の状況を知らない

 

 

 

 

 

当時、キムはみずほ台校舎に勤めていて

 

 

授業準備真っ只中でした

 

 

震災の起こった日は鮮明に覚えていて、

 

 

埼玉にいながらでも経験したことのないほどの大きな揺れ

 

 

物は倒れ、本棚の本は全て落ち、

 

 

すぐさま外に飛び出たのを覚えています

 

 

街中が停電、信号も付かない、真っ暗闇のようでした

 

 

水道も止まっていました

 

 

しかし、何故なのか、

 

 

エイメイだけは電気が付き、水道も使えたので

 

 

急遽、道行く人々に携帯の充電器をお貸しし、

 

 

教室の暖房を付け、

 

 

お菓子のような簡単に食べられるものを用意、

 

 

一時避難所のように一般開放しました

 

 

自宅の水道が止まり、エイメイまで水を貰いに来た生徒もいます

 

 

あの日は、朝まで対応に追われていましたが、

 

 

エイメイらしく、地域の人々へ貢献が出来たと思っています

 

 

 

 

 

そして、昨年2024年に

 

 

宮城県に旅行に行ったことをきっかけに

 

 

被災された石巻市門脇小学校に行ってきました

 

こちらは現地で直接キムが撮影した写真になります。 

 

門脇小学校は当時甚大な被害を受けた小学校の1つですが、

 

 

現場にいた先生の適切な判断によって多くの人々が助かったと言われています

 

 

テレビやネットニュースでは見たこと、聞いたことがありましたが、

 

 

実際に被災地に足を運び、その爪痕を目の当たりにすると

 

 

正直、言葉を失いました

 

 

校舎の周りには、震災で亡くなられた方の墓地がたくさんあり、

 

 

14年たった今も、校舎の建物は当時のまま、

 

 

中は物であふれていました

 

 

津波が押し寄せてきた高さの記録があり、 

 

 

現場にいた先生方の尽力が素晴らしかったんだなと実感しました

 

 

言葉を失ったキムでしたが

 

 

実際に被災地に足を運び、その状況を自分の目で見られたことは

 

 

キムの人生にとって大変貴重な経験となりました

 

 

今の小中学生はほとんど知らない出来事ではありますが、

 

 

キムの経験したこと、

 

 

実際に目にしたこと、

 

 

これは子どもたちにも語り継いでいかなければいけない事だと強く思いました

 

 

命あること、

 

 

不自由なく暮らせていること、

 

 

当たり前のように電気ガス水が使えていること、

 

 

そういった、当たり前のことに感謝しなければいけない、

 

 

そう思わせてくれる体験でした

 

 

EIMEIは『教育学習塾』として、

 

 

これからも、子どもたちに大切な事を伝えていきたいです 

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